宵の潮

宵の潮

働き始めたばかりのころ、独りきりだった。
毎日、仕事が終わると、同僚たちは皆そそくさと家へ帰っていく。私も自転車をこいで会社を出るが、行く当てはなかった。

初秋のころ、暑くも寒くもない。
私は人波にもまれながら、街を東西に貫く大通りを、ゆっくりと走った。

行きつ止まりつするうちに、街灯がひとつ、またひとつと灯っていく。
道端の金木犀の香りが、暗がりから漂ってくる。

いつのまにか、街の中心まで来ていた。

あたりは賑わっていて、私はサドルに寄りかかったまま、行き交う人の群れを眺めていた。帰る場所は、どこにもなかった。

道を間違えたふりをして、自転車の向きを変え、来た道をゆっくりと引き返した。

家々の灯。
赤信号で止まるたび、つい道沿いの窓へ目をやってしまう。
通りに面した家で、家族が笑い合っている。

城壁のふもとで、石段を上った。
夕闇が、少しずつ濃くなっていく。
さっき一度往復したばかりの通りは、灯りが滲み合い、プラタナスの木陰に沈んでいる。

車の流れも、人の流れも、しだいにまばらになっていった。